まだ日本が知らない日本ブランド norbit by Hiroshi Nozawa とは
2024.04.24
まnorbit by Hiroshi Nozawa 野澤広志

海外バイヤーから熱視線を受けるアウトドア/ファッションブランドのデザイナーの肖像

Edit&Text by Yukihisa Takei(HONEYEE.COM)
Interview Portraits by TAWARA(magNese)

norbit という日本ブランドをご存知だろうか。正式名称は norbit by Hiroshi Nozawa。日本人デザイナーの野澤広志がデザインを手掛けるインディペンデントな日本ブランドだが、その存在を知らなくても無理はない。現時点で展開のほとんどは海外、特にヨーロッパ圏が中心で、日本のセレクトショップではまだ数店しか取り扱いがない。

今回は上海のHONEYEE.COMチームから、「あまり情報のないユニークなブランドが日本にあるので、ぜひデザイナーの人に話を聞いてみて欲しい」とリクエストがあり、コンタクトを試みた。謎多きブランドnorbit 、そのデザイナーの話を聞きに、東京・青山にあるデザインスタジオを訪ねた。

デザイナー 野澤広志のデザイン遍歴

まnorbit by Hiroshi Nozawa 野澤広志

野澤広志は1965年生まれの58歳。デザイナーとして国内外でさまざまなキャリアを積み、このnorbit を自身の“デザインキャリアの集大成”として2018年に始動したという。

norbit の特徴は、アウトドアやクラシックウェアに根を下ろしつつ、現代的な素材やデザインをハイブリッドさせていること。もちろんそうしたブランドは唯一無二ではないが、そのユニークさは、デザイナー自身がnorbitを説明する際にも「あくまでも“ファッションブランドではない”」と前置きしているところにある。

そう語る一方で、norbit のデザインは十分にファッション的でもある。「ファッションではない」という言葉が謙遜などではないことは、このデザイナーのキャリアを知るともう少し理解できるかもしれない。

野澤広志のデザイン人生は、20代の頃に独学の古着のリメイクからスタートした。

「一度広告会社に就職はしたのですが、すぐに辞めて、当時よく通っていた大阪の古着屋の依頼で古着リメイクを始めて5、6年続けました。ただし全て1点モノなので、正直あまりお金にはならない(笑)。レディースブランドを立ち上げて数年続けましたが、自分が着たい服を作りたい気持ちの方が芽生えてきたので、やはりメンズの世界に行こうと考えました。その時に取引先の方から紹介してもらったのがNEPENTHES の清水慶三さん。あくまで外部メンバーのひとりとしてですが、東京で本格的にメンズウェアのデザインをさせてもらうようになりました」

まnorbit by Hiroshi Nozawa 野澤広志

90年代はNEPENTHESなどの外部デザインスタッフとして活動。しかし野澤は次第に「自分のメンズブランドをやりたい」という想いが出てきたことから、外注の仕事を止め、改めてゼロからのブランドのスタートを決意する。

1998年に立ち上げたブランド名も norbit 。野澤はストリートに沸く90年代の東京から距離を置くようにして、あえてアメリカで展示会を開催し、その勢いのままニューヨークを拠点にしたブランドとして活動する。しかし2001年の9.11を契機に改めて日本に拠点を移し、そこからもう一度アウトドアアパレルを学び直す過程で、さまざまなアウトドアブランドやスポーツブランドアパレルの裏方としてディレクションを手がけるようになった。(※ 野澤氏が望まないため、それらのブランドは記さないが、多くの人が知るブランドの数々だ) そして、そこで培った経験をもとに、野澤は一度休止させていたnorbit を2018年に再始動した。

“ファッション”に対する違和感とアウトドアウェアの“余白”

norbit の再始動の裏側には、長年ファッションの世界に身を置いた野澤の複雑な想いがあるという。

「自分の中で、ファッションのサイクルや売り方に抵抗感が出てきたんです。毎シーズン新作を作る、それは新しいものを生み出すには必要なことではある反面、たった半年、1年で前のシーズンに作っていたものが“古いもの”とされてしまいます。その根底には、ブランドや売る側の勝手な経済原理があります。でも自分には『半年やそこらの賞味期限でデザインをしてないぞ』という気持ちもあるんです。ワンシーズンに無理矢理多くのデザインを送り出して、大量に作って余ったらすぐにセール、そして最悪の場合は焼却。そんな常識が平気でまかり通っていることがおかしいだろうと。だからnorbit では“ファッション=流行”とは切り離した考え方で、自分や自分の周囲の人の大切な時間に携われるような服を、必要な数だけ作ろうと考えました」

そこで野澤が着目したのが、自らが手がけてきたアウトドアウェアの普遍性と、アウトドアブランドが追求出来ない“余白”の部分だった。機能を追求しているアウトドアウェアは、それが結果的にファッションとして浸透することも多いが、“機能性”を重視するゆえに、今度は街で着る場合に必要なスペックが足らない場合も多いという。野澤はそこをアウトドアウェアの“伸び代”と考えた。

「たとえばアウトドアウェアでは軽量にこだわるので、生地をかなり薄くしたり、ポケットの数を減らしたり、製品染めもリスクがあるから出来なかったりもします。それはアウトドアブランドとしては当然のことですが、街着にしようとすると逆に不便な部分でもあるんです。だからnorbitでは、アウトドアウェアを研究してその根本は活かしながら、もっと自由に、ある種無防備な大人の休日に使える服を作ろうと考えました」

まnorbit by Hiroshi Nozawa 野澤広志

それが顕著に表れているのが、ブランド立ち上げから継続している「フィールドジャケット」のシリーズ。フィッシングウェアとハンティングウェアの要素を汲み取りながら、キャンプや街でも使える服として仕上げた。ストレッチと撥水性のある素材を使用し、アウトドアウェアよりもゆったりとしたシルエットに。その一方で、ハンティングの際に背中に獲物を吊るすディティールをアレンジして残すなど、その取捨選択の妙がこのジャケットのデザインを作り上げている。

クラシックウェアを次の世代に継承するアップデート

まnorbit by Hiroshi Nozawa 野澤広志

norbit ではアウトドアウェアだけでなく、さまざまなクラシックな服をアレンジしたアイテムもコレクションの中に存在する。それを代表するのがツイードのハンティングジャケットをベースにしたムーンツィード3Lジャケットだ。

「イギリスのハンティングウェアでもよく使われたツイードは、質感や色味も秋冬らしい生地ですが、実際に着てみると風も通すし、雨にも弱い。でもその風合いも含め、後世にまで残したい独特の良さはあるんです。そこで表地はイギリスのMOON社のウールツイードを使いながら、伸縮性のあるトリコット、そして風雨に強いメンブレンを挟むことで、ツイードの弱点を解消しました。また、エルボーパッチやポケット口の摩耗防止に使われるレザーをコーデュラに変えて、より強度のあるものにするなど、ディティールもアレンジしています」

一見するとクラシックなジャケット。それを現代の生地や技法を取り入れることで、より強固なプロダクトにアップデートしている。そうしたアップデートは、いつの時代も常に繰り返されて来たものだと野澤は話す。

まnorbit by Hiroshi Nozawa 野澤広志

「“名品”と呼ばれる物を改めて見てみると、ただ伝統を守るだけではなく、常にアップデートを繰り返していた経緯が分かります。どんな良いものでも、“キープ”するだけでは残らない。次の世代に繋げて行くためにも、常にアップデートが必要なんです」

その言葉の通り norbit では、昔のミリタリーウェアのようにあえて紐を使って保温性を調節するダウンジャケットや、キルティングの格子ステッチ部分にコンシールジッパーを配することで大胆にベンチレーションが出来る中綿ジャケットなど、一般的には完成とされているデザインをさらに一歩踏み込んで、過去と現代の手法をクロスさせることで、“再発明”しているものが多い。

そうしたアップデートの精神は、norbit のコレクション全体に貫かれている。それゆえ、毎シーズン新作が登場するのではなく、過去作のアレンジやアップデート版が多いのもnorbit ブランドの特徴でもある。

まnorbit by Hiroshi Nozawa 野澤広志
まnorbit by Hiroshi Nozawa 野澤広志

人に見せるのではなく、自分に向いた服を

冒頭にも書いたように、norbit の卸先は現在のところほとんどが海外だというが、そこにはコロナ禍が大きく影響しているという。

「海外のセレクトショップは、定番の大御所ブランドも置きながらも、ラインナップの半分は自分たちの目線で見つけた新鮮なものを並べるのが彼らのセレクトの考え方。コロナ禍で世界中のブランドが展示会の開催が出来なかった時期は、そのバイヤーさんたちはオンラインやインスタでリサーチをしていたようなのですが、その中でなぜかnorbitは彼らの目に留まったようです。コロナ禍中に海外から大量にDMも来て、取引先も増えていきました。海外のテック系ブランドのCEOからも『会いたい』と連絡が来るし、MADNESS のショーン・ユーさんも同じようにコンタクトがあり、23AWにはコラボレーションもしました。現在も卸先の9割は海外です。僕も最初は『日本で売れなかったら、世界に出られるわけがない』と思っていましたけど、実際は違いましたね。思った以上にグローバル化しているんです」

そこにはブランドの知名度に頼らず、自らの目線を信じる海外バイヤーの心意気も感じるが、野澤の考える「流行には乗らない服」は、自然と海外へと広まって行った。もちろん野澤は、norbit を海外だけでなく日本国内でも広げていきたいと考えつつ、現時点ではあくまで流れに身を任せているという。

まnorbit by Hiroshi Nozawa 野澤広志

インタビューの最後に、野澤が考える「良い服」とは何かを聞いてみた。

「それはいつも考えるんですけど、自分のデザインが成功したなと感じるのは、自分で着ていても、『毎日着てもいいかも』と思えるものかもしれません。ファッションというのは、若い頃は他の人に見てもらいたいという気持ちの方が強いですよね。でもだんだん、人からカッコよく見られるということが薄っぺらく感じて、自分に向けたものに変わってくるんです。自分や周りの大人の人が休日、無防備にいられるセンスの良い服、それが僕にとっては『良い服』なのだと思います」

日本人が知らない日本ブランド、norbit by Hiroshi Nozawa。その経験に裏打ちされた発想とデザインは静かに世界に広がり始めているのだ。

HONEYEE.COM
10 questions to HIROSHI NOZAWA 

まnorbit by Hiroshi Nozawa 野澤広志
  1. 乗っているクルマは?

ずっとLAND ROVERDIFFENDER にずっと乗っていて40万キロまで乗ったのですが、ついに壊れて、今はDISCOVERYの2000頃のモデルです。燃費は悪いし、いろいろ大変ですけどね。

2. 一番長く着ている服は?

norbit のパンツは個人的にもヘビーローテーションしています。
自分のブランド以外では古着のLeeのカバーオールがいつもスタメンです。

3.これまで行った海外で一番印象的だったのは?

80年代後半から90年代に拠点にしていた香港は刺激的でした。
当時はまだイギリス領で、ロンドンカルチャーとアメリカのストリートが入り混じっていたのですが、特に香港にあった「BFD」というスケートショップはその発信源で、当時よく行っていましたね。

4.いま海外に移住するなら?

カナダ。
自分の中ではずっと森と水がキーワードなので気になるし、程よい寒さも良さそうだなと思います。

4.最も影響を受けた本は?

高校生の時に読んだ藤原新也の 「東京漂流」。
マーケティングの着眼点的なところでもすごく面白くて、影響を受けていると思います。

5.今一番欲しいものは?

時間かもしれません。
無防備にボーッとできる時間が欲しい。

6.男性服は一番どこに気を使うべき?

カッコいいのが一眼でわからないような、頑張り過ぎていないこと。
人のためじゃなく、自分の満足を追求している人はいいなと思います。

7 .90年代の東京と2020年代の東京の違いは?

本当の意味でのストリートやサブカルに刺激を受けた、若くて感性のいい人たちが盛り上げたのが90年代。
その“アンチファッション”だったストリートの美学が、今は当時より若干薄れている気がします。

8.自分が絶対にやらないことは?

強い者に、大きい相手に媚を売ることは絶対やらないようにしています。
その一方で、大きな相手でも、素晴らしい人は素直に素晴らしいと言えるようにしています。

10.やっておけばよかったと後悔していることは?

気がついたらトップギアでやっていたので、語学留学じゃないけど、自分の時間が欲しかったですね。
仕事絡みではない、海外での生活の期間が欲しかった。

まnorbit by Hiroshi Nozawa 野澤広志

Profile
野澤広志 | Hiroshi Nozawa

1965生まれ。大阪、関西方面で、独学による古着のリメイクからデザインをスタート。80、90年代からさまざまなブランドのデザインを手がけ、90年代後半にアメリカで自身のブランドnorbit をスタート。2000年代から東京に拠点を移し、アウトドアブランドを中心にしたデザインディレクションを手掛ける。2018年にnorbit を再始動し、グローバルに展開している。
https://norbit-store.com
https://www.instagram.com/norbit_hiroshinozawa/

[編集後記]
冒頭にも書いたように、上海のチームから「面白いブランドがある」と言われるまで、失礼ながらnorbitのことは存じ上げなかった。実際に野澤さんにお会いし、話をうかがってみると、さまざまなブランドのディレクションをされていたことを知って納得した。経験に裏付けられた自由度とミックス感のあるクリエイション。それがノンフィルターで海外に受ける理由も分かる気がする。日本にはまだまだ面白いブランドがある。(武井)