ファッションデザイナーと写真家の関係とは?
2022.12.28

M.I.U. ディレクター 伊藤壮一郎 と フォトグラファー 森健人 の場合




Edit&Text by Yukihisa Takei(HONEYEE.COM)
Photo by Li Bowen


12月、東京、中目黒発のコンセプトショップM.I.U.において、主にファッションやカルチャーのシーンで活躍中のフォトグラファー、森健人の写真展「It's Better to See Something Once Than to Hear About It a Thousand Times」が開催され、同名写真集も発売になった。

やたら長い名前のタイトルだが、日本語の意味するところは「百聞は一見にしかず」。これは森が10年前に新婚旅行でパリを観光旅行した際に撮影した写真をまとめたもので、それらの写真に写っているのは、有名人でもなく、モデルでもなく、美しい風景でもない。ルーブル美術館やベルサイユ宮殿などのド定番観光スポットにおいて、森夫婦とその空間に偶然居合わせた名もなき人々の姿だ。

本人もこれまで「夫婦の思い出として衝動的に撮影した写真なので、外に出すつもりはなかった」ものだという。しかしその一連の写真はタブロイド形式の1冊にまとめられ、展示もされ、soeからはその作品を総柄プリントしたジャケットやシャツも登場した。

この協業をプロデュースしたのが、現在soeのディレクションも兼務する伊藤壮一郎。長年、森健人にsoeのLOOK写真を依頼していた関係性が今回のプロジェクトに繋がっている。

ファッションは写真と密接だ。LOOK写真、イメージ写真を共創したり、フォトTなどでプロダクト化されることも多い。今回は写真家とファッションデザイナーはどのようにして出会い、関係性を築いていくのかについて、森健人と伊藤壮一郎に話を聞いた。



東京生まれのシャイネスボーイ、サンフランシスコで写真修行

― 伊藤さんと森さんの関係性はいつ頃から始まっているのですか。

伊藤壮一郎(M.I.U.) : 10年くらい前ですかね。ヘアのTAKUさんとLOOKの相談をしていた時に、「森健人というカメラマンがいる」と。確かFACETASMの落合(宏理)くんのLOOKも撮っていた人だよな、と思い出して落合くんに紹介してもらいました。

森健人 : それが2014年でしたね。落合さんから伊藤さんのことは聞いていたし、紹介いただいて最初に一緒にお茶したんです。写真のこと、ファッションのこと、お互い東京出身だね、みたいな話をして。

― ブランドがLOOK写真のフォトグラファーを決めるというのは、イメージを大きく左右するので結構大きな意志決定だと思うのですが、森さんに依頼した決め手は何だったのですか。

伊藤 : いきなり本質的な質問ですね(笑)。僕も当時デザイナーとしていつも欲しい画はあった。でもそのイメージは具体的ではない。そういう中で、森くんはストリートのムードを切り取れる人という印象で、それでいてすごくエレガントな写真を撮りますよね。彼なら自分のブランドでやりたいことをキャッチしてもらえる気がしたんです。

― 森さんはどのようにカメラマンのキャリアをスタートさせたのでしょうか。

: 僕が中学生の頃に母親がアマチュア写真に凝り出した影響もあって、それで僕も写真に興味を持ったんです。今も使っているCONTAXのフィルムカメラは母親にもらったものだったり(笑)。中学時代の周りの友達やアメリカに住む親戚の影響もあって、アメリカのストリート方面のカルチャーやファッションが好きになりました。特にHIPHOPのミュージックビデオや同世代のティーンの日常が描かれたラリー・クラークの(映画)『KIDS』の世界感には衝撃を覚えました。そんな強い人物像への興味が加速して、写真の被写体としても撮るようになったんです。絵を描くのも好きでしたが下手だったので、カメラだったら押せば何か写るし、構図も作れそうだなと思って、サンフランシスコの写真学校に行きました。その頃は全くプロになろうとも思っていませんでした。

― アメリカではどんなことを学んだのですか?

: 僕がアメリカに行くことを決めたひとつの要因になったのは、自分が“シャイ”だという自覚からなんです。新天地で殻を破ろうという気持ちを持ちながら写真の勉強をしに行ったので、修行的にストリートで人物のポートレートを撮ることにしました。勇気をもって自分から声をかけないと何も始まらないですし、言葉の壁もありました。でも、ストリートでは人種、性別、年齢の垣根を越えて様々な人々と巡り会うことができたし、会話を交えながら撮影をさせてもらいました。「1枚だったらいいよ」と言われると、その場で瞬時に撮影場所を考えて撮る。それを毎日繰り返すことで自信にもなったし、写真も増えていきました。素早く構図を作ることについてはそこで蓄積されたものかもしれません。

伊藤 : だから森くんの写真はいつも構図が決まるのが早いんだ。



“百聞は一見にしかず”

― 今回の作品もスナップですが、そういうストリートなスナップとはまた違いますよね。

: 今回の写真は2012年に奥さんとのハネムーンでパリに行った時に撮ったもので、全く外に出すつもりはなかったんです。僕ら夫婦は写真学校で出会い、カメラをぶら下げて気ままに時間を過ごすのが好きなタイプなので、ルーブルやベルサイユ宮殿でガイド的な案内と人の多さに疲れてしまって。空いているところや人の流れとは逆に歩きながら散策を始めると、威風堂堂とした名画や作品を前に現代の人々が慌ただしくしている様が視界に広がってきて、なんだか対照的でユーモラスに感じられたので、“そこにいる人たち”を撮るのが楽しくなってきたんですよ。有名な作品そのものよりも同じく観光地に居合わせた人々が楽しんでいる様子を見たことで、より「ここにきたんだ」という実感が湧いたんですね(笑)。そうやって一歩引いて見えた景色や発見というのが、僕ら夫婦らしくて、すごく自由になれた時間でもあったんです。

― 面白い視点ですね。「百聞は一見にしかず」で来ている人々を撮るという。

: その時のカメラは、新婚旅行でクイックに撮影ができるように(森山大道さんに憧れて)買ったRICOHのGRなのですが、買ったばかりで使用したため日付の設定もメチャクチャになっていて(笑)。

― だから2001年とかになっているんですね(笑)

伊藤 : うん、そこも森くんぽい。

: コロナが蔓延し始めた頃から、壮一郎さんから「森くん一緒に何かやろう」と話をいただいた時に、人目に晒してこなかった写真の話をしたら、すごく面白がってくれたんです。「いいじゃん」と言ってくれたのが嬉しかったし、こんなプライベートなものでも、誰かと共有できるんだなと思ったのが、今回のタブロイド判写真集の刊行と写真展のきっかけです。

伊藤 : でも僕の場合はそこまで深くは見ていなくて。やっぱり森くんの写真はストリートのポートレートなんですよ。そういうストーリーを知らずに見ても素敵な写真だし、単純にカッコいいって思ったんです。森くんはいつもファッション撮影やクライアントワークで大忙しだけど、僕は彼の作家的な部分も大好きなので、時折「今はどっちの気分?」みたいに焚き付けてきたんです(笑)。しかもちょうどコロナで何もできない時間が続いていたので、こういう時期にクリエイターは何かメッセージを発信するべきだとも思っていたんです。

: これは2012年の写真ですけど、今ってマスクをしていたり、人と人とがソーシャルディスタンスで距離を設けていたりするので、群衆となって人が自由に楽しんでいる瞬間は撮りづらくなっていたり、逆にルールが守られていない写真に対して何か違和感を抱いてしまったり。そういう状況下で壮一郎さんにこの写真たちを純粋に気に入っていただけてとても嬉しかったし、これを世に出すことで前に進めるような気がしたんですよね。



写真家とデザイナーの“相性”

― 伊藤さんはsoeのディレクターも兼務していますが、PR会社のWAG, Inc.(※)の代表でもあります。伊藤さんはWAG, Inc.で取り扱っているブランドのデザイナーさんともよく話をすると思うのですが、それぞれのデザイナーと写真家の関係はどのように見ていますか。

※WAG, Inc. … 日本のファッションPR会社の草分け的存在。国内外の人気メゾンを多数取り扱うなど、HONEYEE.COMでもお馴染みのブランドのPRを多数請け負っている。

伊藤 : どんなデザイナーの方々にもそれぞれ、自分たちが信頼を寄せるフォトグラファーは存在すると思います。そこは不思議とハッキリとあるように感じる。ただ、ときには少し慣れてしまってルーティーン化しているように感じる場合もあります。でも相性が良いのと、楽なのは違うというか。それぞれのブランドの置かれている状況を俯瞰して最適なチーム編成が求められる。そういった本当の意味での相性の良いリスペクトし合える関係が理想だと思います。

― そういうものなんですね。逆に森さんはそういう“相性”はどう思っていますか?

: 撮影がスポーツで言うところの「試合」だとすると、試合に向けてのチーム編成や作戦みたいなものが毎回あると思います。時には戦術を変えたり、メンバー交代したり。それでもたくさん試合を共にこなしていく中で阿吽の呼吸のようなチームワークや信頼関係が築かれていくような気がしています。お互いの個性や感性、技術などを尊重しあいながら、さらに高めあえるのが理想的なチームであると感じています。

― 森さんはどういうものが撮りやすくて、どういうものが撮りにくいですか?

: カルチャーだったり、コンセプトだったり、見た目のかっこよさだけに留まらない内面への追及が感じられるものだとすごく撮りやすいですね。逆にただ表層的にカッコいい、ただ流行っているだけだと、撮りにくいと感じることもあります。あとファッションは最終的には人が着るものなので、着せられているという感じになると撮りにくいという思いもありますね。リアルじゃないというか。

伊藤 : 今回森くんの写真を洋服にプリントしていますけど、森くんの写真は洋服との相性が良いといつも感じます。洋服にするときに、メッセージのない写真や、逆にメッセージが強すぎる写真なんかも難しい。写真と洋服にもやっぱり相性があると思います。

― 今回の総柄のジャケットもすごくいいです。でも、一般的にファッションプロダクトに写真使われる時って、いわゆる“巨匠”の写真が多いですよね。売る目線で考えたら当然それも分かるのですが。

伊藤 : 僕は内弁慶なのか、原宿の方々を見てきた世代だからか、お会いしたことのない自分に直接関係のない人には基本的にあまり興味がわかないんです。その人が好きで、その人とやりたい。普通に喋れる間柄じゃないと、一緒にやっても楽しくないですから。そのうち森くんも巨匠と言われるようになって、やってくれなくなるかもしれないけど(笑)。

― 最後に、ファッションデザイナーにとって、写真家というのはどういう存在ですか?

伊藤 : まずファッションはビジネスの側面も大きいし、関わる人も多いんです。会社のスタッフだけでなく、様々な外注さんが関わることで洋服やコレクションが成立しています。写真家は身一つ、カメラ一つでクリエイションを完結させる。僕は、そういう職人的なところに強烈なコンプレックスというか憧れがいつもある。多くのデザイナーは同じように思う瞬間がきっとあるはずなんです。



[編集後記]

実はsoe の伊藤さんとも写真家の森くんとも個人的に付き合いが長い。特に森くんとはこれまで何度も一緒に撮影の仕事をお願いしてきた間柄である。ただ、この二人がそんなに親しい間柄だとは知らなかったので、今回の取材は新鮮だった。今回の写真展そしてプロダクトは、そんな二人の信頼感から生まれてきたものだが、完成物自体はその関係性を感じさせないほどクールな仕上がりになっているのが不思議に感じた。それはお互いプロとしての尊敬があるから成立しているのだと今回の取材を通して分かった。(武井)